ゆるり鑑賞 Yururi Kansho

映画や海外ドラマ、たまに本の感想を基本ネタバレで

牛の鈴音

監督・脚本・編集:イ・チュンニョル
(2009年封切 韓国)
http://www.cine.co.jp/ushinosuzuoto/

【物語】 春
79歳になる農夫のチェ爺さんには30年もともに働いてきた牛がいる。
牛の寿命は15年ほどなのに、この牛は40年も生きている。
今では誰もが耕作機械を使うのに、頑固なお爺さんは牛と働きつづける。
牛が食べる草が毒になるからと畑に農薬をまくこともしない。
そんなお爺さんに長年連れ添ってきたお婆さんは不平不満がつきない。
しかしある日かかりつけの獣医がこの牛はそろそろ寿命だ。
今年の冬は越せないだろうと告げる。(公式HPから転記させていただきました)

命のギリギリまで働きつづけることの神々しさ。
牛の目がこんなに可愛いとは。

田舎道、牛が荷車をのたりのたりと曳いていく。
後ろの荷台を見ると、気持ちよさそうにおじいさんが居眠りしている。
牛はそんなことにはかまわず、家路に向かっているようだ。

このシーンを見ただけで、牛とチェ爺さんの関係がわかる気がします。
また、この老牛が人間くさくて、見ていると自然に頬がゆるむんですよね。

お婆さんが荷車に乗り込むのを振り返ってじーっと見るしぐさ。
そして、ちゃんと乗ったのを見届けてから動き出す。
また、畑に昼食を持ってきたお婆さんを「来たね」とでも言うように見て迎える。
そんな一つ一つの様子に、心がやわらかくなっていくのを感じます。

しかし、あくまでも牛は労働用に飼われているわけで、信頼関係はあってもある程度の距離を保ちながら、
家畜として扱っている様子がよいですね。もしフィクションだったら、こうはいかないかも。

そんな老牛とは対照的な、新しく来た若い牛の気質や、
年老いた牛になついてしまうお転婆な子牛のエピソードも可笑しかった。

外側から見た村は自然が豊かでのどかな、美しい所に思える。
けれども、チェ爺さん一家にとって現実はなかなか厳しそう。

部外者から見れば理想的な方法と思われるお爺さんの農法は、
お婆さんにとっては苦労ばかりする原因という事になるんですね。
このお婆さんが、常に文句をいいつつも何か可愛いらしさがあります。
お爺さんはたいてい返事もしない。代わりに返事をするのが牛なのも可笑くて。
チェ爺さんの事を「風に吹かれる木よりも無口だ」と言うお婆さん。詩的な表現ですね。

昔、鍼治療に失敗したというお爺さんの足は、痛々しいくらい細い。それでも働き続ける。
二人が苦労して教育も受けさせた九人の子ども達は、自分達の都会での生活が忙しく
農業には全く関心を見せる気配もない。
チェ爺さんの作った作物は、丁寧に作られた商品として付加価値があるのに勿体無いなぁ等と
私なんかはつい考えてしまう(隣接する田んぼで農薬を撒いているので“有機栽培”とは言えませんが)。
お爺さんはそんな事など意に介さないでしょう。ただ、自分のやりたいようにやっているんでしょうね。
そんな生き方がまた、見ている者を惹きつけるのだと思います。

物質的には貧しくても、そこには心の豊かさみたいなものが溢れていました。
ぽかぽかとやわらかな日差しの下、少し居眠りしたくなるような、そんな映像も心地いい。

第七藝術劇場にて鑑賞。

ドキュメンタリー映画「水になった村」を思い出しました。
ダムの底に沈む廃村に戻ってきた老人たちの、変わらない里山での生活を映したこの映画には
いたく感動しました。
村での働く生活を奪われ、抜け殻のようになってしまった老人達は今、どうしているでしょうか。

水になった村水になった村
(2007/12/01)
大西暢夫

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