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ゆるり鑑賞 Yururi Kansho

映画や海外ドラマ、たまに本の感想を基本ネタバレで

「サクリファイス」 〜自分の心と向き合う映画〜

映画 さ行

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(2010/09/25)
エルランド・ヨセフソン、スーザン・フリートウッド 他

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監督・脚本:アンドレイ・タルコフスキー
撮影:スヴェン・ニクヴィスト
美術:アンナ・アスプ
プロデューサー:カティンカ・ファラゴー
(1986年 149分 スウェ一デン)
原題:OFFRET/THE SACRIFICE/LE SACRIFICE

※ネタバレ含みます。

基本的に、映画は映画館で見るものだと思ってるんですが、
その中でもタルコフスキーの映画なんかは、劇場で鑑賞しないと
魅力が半減(いや、それ以下かも)してしまうタイプの作品だと思います。

という訳で、監督の遺作でもあるこの作品は未だ見たことがなかったので、
せっかくのこの機会に見に行ってまいりました。
タルコフスキー生誕80周年記念映画祭:http://pandorafilms.wordpress.com/tokushu/tarkovsky2012/

突然訪れた世界の終末とそこからの救済という、わかりやすいストーリーでした。
序盤こそ気持ちの良い景観とゆったりとした間が存在しましたが、その後は結構な緊張感があり
「鏡」や「ノスタルジア」と比べると“心地よい眠り度数”(そんなものがあるとすれば)は
低いかと思われます。

映画の冒頭、一本の枯れた松を植える父と子がいます。
ラストシーンでは、その松に水遣りをする子供の姿。
この2つを思い出すと、何故か今でもこみ上げてくるものがあるのですが、
そこのところを上手く分析&表現できない自分がもどかしい。
今後、自分に問いかけて考えてみたいと思います。

だいたい、神が生贄を求めるなんてありえない。というか、救うんだったら、全員救うべき!と
キリスト教に対して矛盾を感じてばかりなんですが、おそらくシニカルな主人公
アレクサンデルも、そんな風に考えていたのではないでしょうか。その時が訪れるまでは。
ところが、無神論者に見えた彼が神と取引をするのです。
正直、何故彼が自らを生贄として捧げるという思考回路に至ったのかは、
私には理解できませんが、彼の潜在意識に触れるものがあったのでしょうか。
深読みすると、自らを生贄として神に捧げて十字架にかかって死んだイエスに
なぞらえているのかもしれません。

“取引”といえば、ゲーテの「ファウスト」における悪魔メフィストとの契約を思い出します。
この映画でアレクサンドルが郵便夫オットーにそそのかされ、召使(魔女)のマリアを
説得に出かけるシークエンス。どこかで見覚えがある気がしたのですが、
ファウストが悪魔メフィストフェレスを介し、マルガレーテを誘惑するそれと
似通っているように感じたからだと思います。

このタイミングで核の恐怖、その見えない恐怖を感じさせるこの映画を見る事ができたのも、
神の思し召しかもしれません、なーんて事全く思いません。(笑)
真面目な話、このままでは何とも手のほどこしようがないと感じるこの時代に
この映画が上映されたのは、何かしら意味があると思います。

この映画が製作されたのは冷戦が終結しようとしていた時代ですが、
今はその当時よりもより深刻な状況だと感じます、個人的には。
人間は一体この先、どこへ向かって行くんでしょうか。どんよりしてきましたね。。。。

ガラス越しに映すことで反射と透過性を利用した独特な映像は
見ているとちょっとモヤ〜っとします。
それとは対照的に、右手に海を映し込んだ草原と小道の映像からは
なんともいえない安らぎ感が放出されているようで、
明と暗なんでしょうか、映像の使い方がやはり巧みですね。

監督がその生涯を映画化した、聖像画家アンドレイ・ルブリョフの画集や、
尺八(?)を使った音楽や着物風のガウン、松の木といった日本的要素など
タルコフスキー監督の個人的嗜好も垣間見える映画です。

ところで、梅田ガーデンシネマとシネ・リーブル梅田がある新梅田シティでは、
「梅田お化け屋敷2012 ゆびきりの家」が開催されていたのですが(現在は終了)、
時には何重にも人が並んでいたようです。
yubikiri
怖がりの私は、お金もらってもこんな場所に行くのはイヤですが、
世の中には“恐怖”を求める人がこんなにたくさんいるのが不思議です。
歴史上、人間がやってきた事の方がよっぽど怖いと思うんですけどね。

梅田ガーデンシネマにて鑑賞。